Rei Frontier Tech Blog

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Brown運動と確率積分:その1

レイ・フロンティア株式会社のデータアナリストの齋藤です。
本記事から数回にわたって、Brown運動という数学モデルを紹介します。

Brown運動とは

Brown運動とは、もともとは液体中の微粒子が不規則に運動する現象のことをさします。植物学者ブラウン(Robert Brown)が浸透圧によって破裂した花粉から飛び出した粒子を観察した際に発見されたのがBrown運動のはじまりですが、1905年のアインシュタイン(Albert Einstein)の論文によって粒子の不規則な運動は水分子の衝突によるものであると説明され、原子と分子が存在する根拠にもなりました。
数学モデルとしてのBrown運動は、1923年にウィーナー(Norbert Wiener)によって確立されました。Brown運動は日本人数学者伊藤清が1942年に生み出した確率微分方程式の理論においても中心的な役割を果たし、現在では物理学、生物学、経済学など様々な分野に応用されています。
本記事では、数学モデルとしてのBrown運動の構成を提示し、独立増分性から導かれる性質をいくつか導いていきます。

Brown運動の定義と構成

Brown運動は、数学的には連続で独立増分をもちGauss分布にしたがう確率過程として定式化されます。より厳密に定義を述べると、以下のようになります:

定義1.(Brown運動)確率空間\( (\Omega, \mathcal{F}, P)\)上で定義された実数値確率過程\( B = (B_t)_{t \geq 0} \)がBrown運動(Brownian motion)であるとは、次の条件をみたすときにいう:
 (i) \(B_0 = 0\ \mathrm{a.s.} \)である。
 (ii) \(\mathrm{a.a.}\ \omega \in \Omega \)に対し、\( B_t (\omega) \)は\(t\)について連続である。
 (iii) \( 0 = t_0 < \forall t_1 < \cdots < \forall t_n ,\ \forall n \in \mathbb{N}\)に対し、増分\( \{ B_t - B_{t-1 }\}_{1 \geq i \geq n}\)は互いに独立で、それぞれ平均\(0\)、分散\(t_i - t_{i-1}\)のGauss分布にしたがう。
確率空間が与えられたとき、その空間にBrown運動が存在するかどうかは自明ではありませんが、現在では様々な構成法が知られています。たとえば、Kolmogorovの拡張定理を用いて無限次元のGauss仮定として構成する方法や、random walkをscale変換して無限に細かくしていく方法などがあります。本記事では、有界区間におけるBrown運動をGauss分布にしたがうランダムな係数をもつFourier級数として構成する方法をご紹介します。

定理1.(Brown運動の構成)\(\xi_0, \xi_1, \dots \)を独立な標準正規分布\( \mathscr{N}(0,1) \)にしたがう確率変数の列とする。このとき、\( t \in [0,\pi]\)に対して$$B_t(\omega) := \frac{t}{\sqrt{\pi}}\xi_0 (\omega) + \sqrt{\frac{2}{\pi}} \sum_{k=0}^\infty \sum_{j = 2^k + 1}^{2^{k+1}} \xi_j(\omega) \frac{\sin jt}{j}$$とおけば、\(B_t\)は\(t \in [0,\pi]\)のときBrown運動となる。
(証明)まず、\(B_t(\omega)\)が\(t\)に関してa.s. 一様収束することを示す。\(X_{m,n}(t) := \sum_{j = m+1}^n \xi_j \frac{\sin jt}{j}\)とおけば、\(X_{m,n}(t) = \mathrm{Im}(\sum_{j = m+1}^n \xi_j \frac{\exp ijt}{j})\)ゆえ、$$|X_{m,n}(t)|^2 = \left| \sum_{j = m+1}^n \xi_j \frac{\exp (ijt)}{j} \right|^2 = \sum_{j=m+1}^n \frac{\xi_j^2}{j^2} + 2\sum_{p=1}^{n-m+1} \left| \sum_{h = m+1}^{n - p} \frac{\xi_h \xi_{h+p}}{h(h+p)} \right| .$$\(T_{m,n}^2 := \sup_{t \in [0,\pi]}|X_{m,n}(t)|^2\)とおけば、$$E[T_{m,n}^2] \leq \sum{j=m+1}^n \frac{1}{j^2} + 2 \sum_{p =1 }^{n-m+1} \sqrt{\sum_{h = m+1}^{n-p} \frac{1}{h^2(h+p)^2}} \leq \frac{n-m}{m^2} + 2\frac{(n-m)\sqrt{n-m}}{m^2} .$$したがって、$$\sum_{k=0}^\infty E[T_{2^k,2^{k+1}}] \leq \sum_{k=0}^\infty \sqrt{E[T_{2^k,2^{k+1}}^2]} \leq \sum_{k=0}^\infty \sqrt{\frac{2^k}{2^{2k}} + 2\frac{2^k\sqrt{2^k}}{2^{2k}}} < \infty .$$\(\sum_{k=0}^\infty T_{2^k, 2^{k+1}}\)は正項級数なので、これにより概収束することがいえ、それは\(\sum_{k=0}^\infty X_{2^k, 2^{k+1}}(t)\)、さらに\(B_t = \frac{t}{\sqrt{pi}}\xi_0 + \sqrt{\frac{2}{\pi}} \sum_{k=0}^\infty X_{2^k,2^{k+1}}(t)\)が\(t\)に関して一様収束することをも意味する。
これで定義1の(ii)がいえた。(i)は\(t=0\)を代入すればよい。
最後に(iii)を示す。正整数\(l\)と、\(l\)個の実数\(0 = t_0 \leq t_1 \leq \cdots \leq t_l \leq \pi\)を任意にとる。\(B_t\)はGauss分布にしたがう確率変数の線形和だからGauss分布にしたがう。よって\( \{ B_{t_k} - B_{t_{k-1}} \}_{1 \leq k \leq l}\)の結合分布は\(l\)次元Gauss分布にしたがう。
\(B_t, B_sB_t\)の部分和はどちらも2乗可積分なので一様可積分である。よって\(\sum_{k=0}^\infty\)と\(E\)の順序を交換できて、$$\begin{align}E[B_t] &= 0 \quad ゆえに\ E[B_{t_k} - B_{t_{k-1}}] = 0,\ k = 1,\dots l \\ E[B_t B_s]&= \frac{ts}{\pi} + \frac{2}{\pi} \sum_{j = 0}^\infty \frac{\sin jt \sin js}{j^2} .\end{align}$$ここで、$$\begin{align} \int_0^\pi t \sin nt\, dt &= -\frac{\pi}{n} \cos n\pi \\ \int_0^\pi \min \{s,t\} \sin nt\, dt &= \frac{1}{n^2} \sin ns - \frac{s}{n} \cos n\pi \\ &= \frac{1}{n^2} \sin ns + \frac{s}{\pi} \int_0^\pi t \sin nt\, dt \end{align}$$なので、区間\([0,\pi]\)での正弦級数をとることにより$$\frac{ts}{\pi} + \frac{2}{\pi} \sum_{j=0}^\infty \frac{\sin jt \sin js}{j^2} = \min\{s,t\}$$を得るから、$$\begin{align} E[(B_{t_k} - B_{t_{k-1}})(B_{t_j} - B_{t_{j-1}})] &= \min\{t_k,t_j\} - \min\{t_k,t_{j-1}\} - \min\{t_{k-1},t_j\} + \min\{t_{k-1},t_{j-1}\} \\ &= \begin{cases} t_k - t_{k-1} & (j = k)\\ 0 & (j \not= k) \end{cases}.\end{align}$$となる。これにより(iii)もいえる。■

定理1で構成したのは有界区間\([0,\pi]\)上でのBrown運動ですが、区間を\([0,\infty)\)に拡張することもできます。実際、定理1によって構成されたBrown運動を独立で可算個用意し、それを\(\{ (B_t^{(i)})_{t \in [0,\pi]} \}_{i \in \mathbb{N}}\)とおけば、$$B_t := \sum_{i=1}^{\lfloor t/\pi \rfloor}B_{\pi}^{(i)} + B_{t - \lfloor t/\pi \rfloor \pi}^{(\lfloor t/\pi \rfloor + 1)} , \ t \geq 0$$によって定義された\( (B_t)_{t\geq 0}\)は区間\([0,\infty)\)でBrown運動になります。
以降、Brown運動\(B_t\)といえば以上の方法によって構成された確率過程のことをさすものとします。しかし、具体的な式を前提にすることはせず、定義1で仮定した性質(i),(ii),(iii)のみを出発点とします。Brown運動を特徴づけるうえでもっとも重要なものは(iii)で、多数の粒子から絶え間なく影響を受けることで不規則な運動が産まれるという発送がおd区立増分とGauss性によって実現されています。

Brown運動の基本的な性質

Brown運動の基本的な性質を示します。

命題1.\(t,s > 0\)に対して、$$E[B_t B_s] = \min \{ t,s \}$$である。
(証明) これは定理1の証明中で示されていることだが、改めて定義1の性質のみを用いて示す。
\(t \geq s \geq 0 \) として\(E[B_t B_s] = s\)をいえばよいが、$$\begin{align} E[B_tB_s] &= E[(B_t - B_s + B_s - B_0)(B_s - B_0)] \\ &= E[(B_t - B_s)(B_s - B_0)] + E[(B_s - B_0)^2]\\ &= s \end{align}$$なのでいえる。■
命題2.\(s>0,c>0\)を固定するとき、\(B_t^\prime(\omega) := B_{t+s}(\omega) - B_s(\omega),\ B_t^{\prime \prime}(\omega) := cB_{t/c^2}(\omega)\)によって新しく定義された確率過程\( (B_t^\prime(\omega))_{t \geq 0}, (B_t^{\prime \prime}(\omega))_{t \geq 0}\)もまたBrown運動である。
(証明) (i),(ii)は\(B_t\)が(i),(ii)をみたすことからすぐに出る。\(0 = t_0 < t_1 < \cdot < t_n ,\ n \in \mathbb{N}\)を任意にとると、$$\begin{align} \{ B_{t_j}^\prime - B_{t_{j-1}}^\prime \}_{1 \leq j \leq n} &= \{ B_{t_j+s} - B_{t_{j-1}+s} \}_{1 \leq j \leq n},\\ \{ B_{t_j}^{\prime \prime} - B_{t_{j-1}}^{\prime \prime} \}_{1 \leq j \leq n} &= \{ c(B_{t_j / c^2} - B_{t_{j-1} / c^2}) \}_{1 \leq j \leq n}\end{align}$$は\(B_t\)の性質(iii)からやはり独立で、平均\(0\)分散\(t_j - t_{j-1}\)のGauss分布にしたがう。よって(iii)もみたす。■
命題3.fを\(\mathbb{R}\)上有界連続関数とする。関数\(u \colon [0,\infty) \times \mathbb{R} \to \mathbb{R}\)を\(u(t,x) = E[f(x + B_t)]\)によって定義すれば、\(u\)は拡散方程式$$\frac{\partial u}{\partial t} = \frac{1}{2}\frac{\partial^2 u}{\partial x^2}$$の解である。
(証明) \(B_t = B_t - B_0\)は平均\(0\)分散\(t\)のGauss分布にしたがうので、$$u(t,x) = \int_{\mathbb{R}} f(x + y) p(t,y)\, dy = \int_\mathbb{R} f(z) p(t,z-x)\, dx$$である。ただし、Gauss分布の密度関数を\(p(t,y) := \frac{1}{\sqrt{2 \pi t}} \exp ( - \frac{y^2}{2t})\)とおいた。具体的な計算により、$$\frac{\partial p}{\partial t}(t,z-x) = \frac{1}{2}\frac{\partial^2}{\partial x^2}(t,z-x) = \frac{1}{2\sqrt{2 \pi t}} \left( \frac{(z-x)^2}{t^2} - \frac{1}{t} \right) \exp \left( - \frac{(z-x)^2}{2t} \right)$$だとわかる。これらに\(f(z)\)をかけて\(z\)について\(\mathbb{R}\)上積分した広義積分はパラメータ\(t\)に関しても\(x\)に関しても広義一様収束するので、積分記号下での微分が定義できて、拡散方程式をみたすことがわかる。■

命題4.\(0 \leq \forall T_1 < \forall T_2\)に対し\(B_t(\omega)\)の\(t \in [T_1, T_2]\)における全変動はa.s.無限大である。
(証明) \(B_t\)が区間\([T_1,T_2]\)で有界変動だとすると、命題1により、$$\frac{1}{\sqrt{T_2 - T_1}} (B_{t(T_2 - T_1) + T_1} - B_{T_1})$$は区間\([0,1]\)で有界変動なBrown運動になる。よって\(T_1 = 0, T_2 = 1\)の場合を示せばよい。
区間\([0,1]\)を\(n\)等分したときの\(B_t\)の2次変分$$\begin{align} X_n(\omega) &:= \sum_{k = 1}^n \Delta_{k,n}^2(\omega) ,\ n \in \mathbb{N}, \\ \Delta_{k,n}(\omega) &:= B_{k/n}(\omega) - B_{(k-1)/n}(\omega),\ k = 1,2,\dots ,n \end{align}$$を考える。\(E[(X_n - 1)^2]\)を求めよう。各\(\Delta_{k,n}\)は独立に平均\(0\)分散\(1/n\)のGauss分布にしたがうこと、\( (X_n -
1)^2\)を展開すると\(\Delta_{k,n}^4, \Delta_{k,n}^2\Delta_{j,n}^2, -\Delta_{k,n}^2, 1\)の形の項がそれぞれ\(n, n(n-1), 2n, 1\)個あることにより、$$E[(X_n - 1)^2] = \frac{3}{n^2} \cdot n + \frac{1}{n} \cdot \frac{1}{n} \cdot n (n-1) - \frac{1}{n} \cdot 2n + 1 \cdot 1 = \frac{2}{n}$$と計算できる。したがって\(E[(X_n - 1)^2] \to 0 (n \to \infty) \)、すなわち\(X_n\)は\(1\)に\(L^2\)の意味で収束する。
よって\(X_{n_i} \to 1\ \text{a.s.}\)となるような部分列\(\{n_i\}\)をとれる。\(B_t\)は\(t\)についてa.s.連続だから区間\([0,1]\)上一様連続であり、したがって$$\delta_n(\omega) := \max_{1 \leq k \leq n}|\Delta_{k,n}(\omega)|$$とおけば\(\delta \to 0\ \text{a.s.}\)である。ここで\(B_t(\omega)\)の区間\([0,1]\)での全変動を\(V(\omega)\)とおけば、$$V(\omega) \geq \sum_{k=1}^{n_i} |\Delta_{k,n_i}(\omega)| \geq \frac{X_{n_i}(\omega)}{\delta_{n_i}(\omega)}$$であるが、最右辺はいくらでも大きくできるので、結論を得る。■


次回に続きます。