
2024年2月に公開した「2023年のデータをもとに歩行速度を調査/年代・地域別」は、いまでも多くの方に読まれている記事です。あれから3年近く経ち、「歩く速さは変わったのか」を確かめたくなりました。
今回は前回と同じテーマを、同一手法で2つの年を測り直す定点比較という形でやり直します。前回記事は47都道府県・通年の集計でしたが、今回は分析経路を弊社の人流データ分析基盤(SilentLog Analytics MCP)に変えたため、集計の物差しが前回とは異なります。そこで前回の数値との直接比較はせず、2023年6月と2026年6月の両方を今回の物差しで測ることで、条件を揃えました。
結論を先に書くと、東京駅前の徒歩速度は3年で時速0.3km下がっていました。しかも特定の年代ではなく、20代から70代以上まで全年代でそろって、です。この記事では、その事実確認と、「なぜか」をどこまで絞り込めるかを、公的なオープンデータと突き合わせながら見ていきます。
調査方法
- データ: 弊社サービス SilentLog が記録した歩行セグメント(区間ごとの移動距離・所要時間・歩数)
- 分析経路: 弊社の人流データ分析基盤(SilentLog Analytics MCP)でデータを取得し、集計・検証まで一気通貫で実施
- 地点: 東京駅・大阪駅・富山駅を中心とした範囲。取得件数の上限により、東京・大阪は駅から実質200〜300m圏、富山は市街地のより広い範囲(最大10km)がサンプルの実態です。このため都市間の比較は「駅前どうし」で条件が近い東京・大阪に限定し、富山は同一都市内の2年比較のみに使います
- 期間: 2023年6月1日〜30日と2026年6月1日〜30日
- 「徒歩」の定義: 3分以上30分未満の歩行セグメント。速度は移動距離÷所要時間で算出し、時速1.5〜12kmの範囲外は計測ノイズとして除外
- 集計単位: 1ユーザー1平均に集約してから全体平均を出しています(よく歩く人にデータが引っ張られるのを防ぐため)
- 人数: 東京2,079人→2,025人、大阪1,063人→1,020人、富山132人→140人(各年・徒歩の平均を持つユーザー数)

なお、この数値は弊社サービス利用者の集計であり、日本人全体の代表値ではありません。制約の詳細は記事末尾にまとめました。
結果1: 東京駅前は「全年代そろって」遅くなった
| 東京駅周辺・徒歩 | 2023年6月 | 2026年6月 | 差 |
|---|---|---|---|
| 全体平均 | 時速5.01km | 時速4.71km | -0.30km |
| 20代 | 4.84 | 4.73 | -0.11 |
| 30代 | 5.04 | 4.71 | -0.33 |
| 40代 | 5.08 | 4.60 | -0.48 |
| 50代 | 5.07 | 4.75 | -0.32 |
| 60代 | 5.01 | 4.64 | -0.37 |
| 70代以上 | 4.64 | 4.55 | -0.09 |

時速0.3kmの低下は、サンプル数(両年とも約2,000人)を踏まえると誤差では説明できない差です。興味深いのは、特定の年代ではなく全年代で低下していることです。もし「高齢化で平均が下がった」のなら、年代別に見れば各年代の速度は変わらないはずですが、そうなっていません。実際、年齢が判明しているユーザーの平均年齢は両年とも45.6歳で同一でした。
結果2: 大阪も緩やかに低下。ただし両年とも東京より速い
| 大阪駅周辺・徒歩 | 2023年6月 | 2026年6月 | 差 |
|---|---|---|---|
| 全体平均 | 時速5.46km | 時速5.31km | -0.15km |
「大阪の人は歩くのが速い」とよく言われますが、駅前どうしの比較では両年とも大阪が東京を時速0.5km前後上回りました。低下幅は東京の半分で、統計的には差があると言える水準ですが、東京ほど鮮明ではありません。
結果3: 富山は横ばい(誤差の範囲)
富山駅を中心とした市街地では時速4.12km→4.31kmと、むしろ上向きの数字が出ましたが、人数が132〜140人と少なく、誤差の範囲です。なお富山の数字が東京・大阪より遅いのは「富山の人がゆっくり歩く」ことを意味しません。東京・大阪のサンプルが急ぎ足の多い駅前に限られるのに対し、富山は生活圏の広い範囲を含むためで、測っている場面が違います。
ここで注目したいのは、遅くなったのは駅前の2都市だけで、市街地全体を測った富山では起きていないことです。「日本人全体が遅く歩くようになった」のではなく、駅前という場所に固有の何かが起きている——そう考える最初の手がかりになります。
検証1: 天候では説明できない(気象庁データ)
「2026年の6月は雨が多かっただけでは?」という疑問を、気象庁の過去の気象データ(東京・大阪・富山の各観測所、日ごとの値)で確かめました。
| 6月の天候 | 降水日数(1mm以上) | 総降水量 | 平均気温 |
|---|---|---|---|
| 東京 2023 / 2026 | 15日 / 16日 | 347mm / 437mm | 23.2℃ / 21.5℃ |
| 大阪 2023 / 2026 | 14日 / 14日 | 262mm / 335mm | 23.8℃ / 23.4℃ |
| 富山 2023 / 2026 | 13日 / 11日 | 213mm / 130mm | 22.7℃ / 22.4℃ |
雨の日数はほぼ同じでした。東京の総降水量は2026年のほうが90mm多いものの、これは特定の大雨日に集中したもので、「歩く日」の条件を大きく変えるのは日数のほうです。気温はむしろ2026年のほうが1.7℃涼しく、歩きやすい条件だったはずです。「天候が悪かったから遅くなった」という説明は成り立ちません。
検証2: 「体力が落ちた」でも説明しにくい
年齢構成が同一であることは先に書きましたが、「同じ年代でも体力が落ちているのでは」という可能性もあります。ただ、スポーツ庁の体力・運動能力調査では、高齢者の体力はむしろ長期的な向上傾向が報告されており、3年間で全年代の歩行能力が一斉に下がったと考えるのは不自然です。体力説も主因としては考えにくいと見ています。
仮説の核心: 遅くなった中身は「歩幅」だった
ここからが今回いちばん面白かった発見です。SilentLogのセグメントには歩数が記録されているため、速度の低下を歩幅(1歩の長さ)× ピッチ(1分あたりの歩数)に分解できます。歩数が正常に記録されたセグメントに限った補助分析(東京・2023年1,686人/2026年1,757人)の結果がこれです。

| 東京駅前 | 2023年6月 | 2026年6月 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 歩幅 | 87.2cm | 85.7cm | -1.5cm |
| ピッチ | 85.7歩/分 | 85.7歩/分 | ±0.0 |
足の運びのテンポはまったく同じまま、1歩だけが短くなっていました。もし「みんな急がなくなった」のなら、通常はピッチも一緒に落ちます。ピッチを保ったまま歩幅だけが縮むのは、前が詰まっていて歩幅を伸ばせない——つまり混雑した空間の歩き方に近い変化です。
では、何が変わったのか ― 考えられる要因は1つではない
観測対象であるSilentLogの利用者は、ほぼ国内在住の方です。つまりこの3年で「測っている相手」は変わっていません(年齢構成も同一でした)。変わったのは、その人たちが歩く駅前の環境のほうだと考えられます。
ただし、候補になる要因は1つではありません。公的データで確認できる範囲で並べると、次のようになります。

| 仮説 | 中身 | 今回のデータとの整合 |
|---|---|---|
| ① 歩行者密度の上昇 | 訪日客の増加を含む駅前の人出回復で、物理的に速く歩けない | 強い(歩幅だけ縮みピッチ維持。密度が上がった空間の典型的な歩き方) |
| ② 歩行者の混在 | 大きな荷物の旅行者・道を探す人が増え、流れが乱れて追い越し・減速が増える | 整合(①と同時に起きる。駅は旅行者が最も集中する場所) |
| ③ 工事による動線制約 | 仮囲い・迂回・道幅の減少で、そもそも真っ直ぐ速く歩けない | 整合(東京・大阪の両駅前で大規模工事が同時進行中) |
| ④ 歩きスマホ等の行動変化 | 画面を見ながらの歩行が増えれば速度は落ちる | 弱い(歩きスマホは通常ピッチも落とすが、ピッチは維持されていた。増加を示す直近の統計も確認できず) |
| ⑤ 計測環境の変化 | 高層化・地下動線によるGPS環境の変化や計測ロジックの更新 | 一部あり得る(次節) |
裏付けを個別に見ます。
① 人出の回復。 日本政府観光局(JNTO)の統計では、訪日外国人は2023年6月の207万人から2026年6月には315万人へ、52%増えました。東京駅・大阪駅は新幹線と空港アクセスの結節点で、増えた人出が最初に集中する場所です。
駅そのものの利用者数でも確認できます。鉄道会社が公表する1日平均乗車人員は、次のとおり増加が続いていました。
| 駅(乗車人員/日) | 2023年度 | 2024年度 | 増加率 |
|---|---|---|---|
| 東京駅(JR東日本) | 403,831人 | 434,564人 | +7.6% |
| 大阪駅(JR西日本) | 367,419人 | 375,503人 | +2.2% |
※公表は年度単位のため、比較期間(2026年6月)の値はまだ公表されていません。測定期間に向かって駅の利用が増え続けていた、という傍証として読んでください。
ここで注目したいのは対応関係です。駅利用の増加率が大きい東京(+7.6%)ほど速度低下も大きく(時速0.30km減)、増加が緩やかな大阪(+2.2%)は低下も小さい(同0.15km減)。混雑仮説と向きが揃っています。

③ 駅前の工事。 東京駅周辺では高さ日本一となるTorch Towerを含む大規模再開発が2023年に着工し、2026年現在まさに工事の最盛期です。大阪駅北側でもグラングリーン大阪(うめきた2期)の工事が2027年度の全体竣工に向けて続いています。遅くなった2つの駅前は、どちらも工事の真っ最中なのです。
④ については、MMD研究所の定点調査など歩きスマホに関する調査は存在するものの、この3年間で増えたことを示す直近のデータは確認できませんでした。また歩きスマホは歩幅と一緒にテンポ(ピッチ)も落とすのが一般的で、「ピッチが完全に維持されている」今回の観測とは噛み合いません。補助的な候補にとどめます。
重要なのは、①〜③は互いに排他的ではなく、同じ時期に同じ場所で同時に起きていることです。どれか1つを主因と断定するのではなく、複数の環境変化が重なった複合的な結果と考えるのが、今回のデータに対して最も誠実な読み方だと考えています。
切り分けの手がかりは、時間が与えてくれます。グラングリーン大阪は2027年度に、Torch Towerは2028年に工事が終わります。工事完了後も速度が戻らなければ「人出」、戻れば「工事」の寄与が大きかったことになる。定点で測り続ける価値は、まさにここにあります。
計測側の留保も書いておきます
歩幅の分析に使った「歩数が正常に記録されたセグメント」に限ると、速度の低下幅は時速0.08kmと、全体の0.30kmより小さくなります。つまり低下幅の一部には、歩き方そのものではなく計測条件の変化(駅周辺の高層化・地下動線の変化によるGPS環境の変化や、アプリの計測ロジックの更新の可能性)が混ざっている可能性があります。「遅くなった」という方向は複数の切り口で一貫していますが、「0.3km」という幅は幅を持って読んでください。
この調査の制約
- 弊社サービス利用者のデータであり、性別構成は男性に大きく偏っています(性別判明ユーザーの8割超が男性)。年齢が判明しているのは各都市の55〜58%です
- 東京・大阪は駅前という特殊な場面の速度です。通勤・乗り換えの歩行が多く含まれます
- 計測はスマートフォンのセンサーによる推定です
- 統計的な代表性を持つ標本設計ではありません
おわりに
今回の分析は、弊社の人流データ分析基盤(SilentLog Analytics MCP)に、気象庁・JNTO・スポーツ庁のオープンデータを重ねることで、「観測された事実」と「説明できること・できないこと」を切り分けながら進めました。単一のデータで断定するのではなく、公的データで仮説を1つずつ消していく——この進め方自体が、人流データ分析の実務だと思っています。
同じ手法で毎年6月に測れば、「街を歩く速さ」という日常の変化を定点で追いかけられます。来年、歩幅は戻っているでしょうか。
人流データを使った調査・分析にご関心のある方は、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。
出典・参考 - 歩行データ: 弊社SilentLogの記録(2023年6月・2026年6月、各駅を中心に取得) - 天候: 気象庁 過去の気象データ(日ごとの値・降水日数は1mm以上) - 訪日外客数: 日本政府観光局(JNTO) 2023年6月推計値・2026年6月推計値 - 体力の長期傾向: スポーツ庁 体力・運動能力調査 - 東京駅前の再開発: 日経クロステック「トーチタワーに首都高地下化、再開発ラッシュで日本橋・八重洲が激変」 - 前回記事: 2023年のデータをもとに歩行速度を調査/年代・地域別




































対象ユーザー全体では50代が多かったですが、寄り道ユーザーの結果から40代、60代の寄り道率が若干高いです。年代別でも女性の寄り道率が比較的高い結果となりました。































