Rei Frontier Tech Blog

人工知能を活用した位置情報分析プラットフォーム「SilentLog Analytics」を運営する、レイ・フロンティア株式会社のエンジニアメンバーで運営する技術ブログです。

層の理論:その1

レイ・フロンティア株式会社のデータアナリストの齋藤です.

層の定義と、その基本的な性質について述べます.

定義1(層)位相空間\(X\)上の(Abel群の)層(sheaf)とは,次のような組\((\mathscr{F}, \pi)\)のことをいう:
(1) \(\mathscr{F}\)は位相空間.
(2) \(\pi: \mathscr{F} \to X\)は全射かつ局所位相同型.すなわち,任意の\(p \in \mathscr{F}\)に対してある開近傍\(U\)が存在して,\(\pi(U)\)が\(X\)の開集合で,$$\pi |_U : U \to \pi(U)$$が位相同型である.
(3) 任意の\(x \in X\)に対して,$$\mathscr{F}_x = \pi^{-1}(x)$$はAbel群.
(4) 次の意味で,群の演算は連続である:$$\mathscr{F} + \mathscr{F} = \{ (p_1, p_2) \in \mathscr{F} \times \mathscr{F} ; \pi(p_1) = \pi(p_2) \}$$とおくと,加法\( (p_1, p_2) \mapsto p_1 + p_2\)は\(\mathscr{F} + \mathscr{F}\)から\(\mathscr{F}\)への写像であるが,これが連続である.
\(\pi\)を射影(projection)といい,\(\mathscr{F}_x = \pi^{-1}(x)\)を\(x\)上の茎(stalk)といいます.定義1の(2)により,射影は開写像であることが分かります.
\mathscr{F}を\(X\)上の層,\(Y \subset X\)を部分空間としたとき,\( (\pi^{-1}(Y), \pi |_{\pi^{-1}(Y)} ) \)は\(Y\)上の層を与えます.ここで,\(\pi^{-1}(Y)\)には\(\mathscr{F}\)の開集合としたの位相を与えます.これを\(\mathscr{F}|_Y\)と書き,層\(\mathscr{F}\)の\(Y\)への制限といいます.
定義1において,「Abel群」を「環」でおきかえ,(4)で加法および乗法\( (p_1, p_2) \mapsto p_1 p_2\)の連続性を仮定すれば,環の層が定義できます.いま\( (\mathscr{G}, \sigma) \)を環の層として,Abel群の層\( (\mathscr{F}, \pi) \)が\(\mathscr{G} \)-加群の層であるとは,
(1) 任意の\(x \in X\)に対して,\( \mathscr{F}_x\)が\(\mathscr{G}_x\)-加群.
(2) \(\mathscr{G} + \mathscr{F} = \{ (q,p) \in \mathscr{G} \times \mathscr{F} ; \sigma(q) = \pi(p) \} \)から\(\mathscr{F}\)への写像\( (q,p) \mapsto q \cdot p \)は連続.
をみたすことをいいます.

以下,混乱のない限り層といえばAbel群の層のことをさします.

定義2(層の準同型)\( (\mathscr{F}^\prime, \pi^\prime) \)と\( (\mathscr{F}, \pi)\)が\(X\)上の層であるとする.連続写像\( i : \mathscr{F}^\prime \to \mathscr{F}\)が(層の)準同型(homomorphism)であるとは,
(1) 次の図式が可換である:
f:id:reifrontier:20180201161219p:plain:w200
ただし,\(\mathrm{id}\)は恒等写像を表す.
(2) \(i\)を\(\mathscr{F}^\prime _x \)に制限して,\( i_x : \mathscr{F}^\prime _x \to \mathscr{F}_x\)を定めると,これはAbel群の準同型である.
の2条件を満たすことをいう.
\(\mathscr{F}^\prime \subset \mathscr{F}\)かつ恒等写像\(\mathscr{F}^\prime \hookrightarrow \mathscr{F}\)が層の準同型であるとき,\(\mathscr{F}^\prime\)は\(\mathscr{F}\)の部分層(subsheaf)であるといいます.\(\mathscr{F}^\prime \subset \mathscr{F}\)が\( \mathscr{F}\)の部分層であるには,
(1) \(\mathscr{F}^\prime\)は\(\mathscr{F}\)の開集合.
(2) \(\pi(\mathscr{F}^\prime) = x\).
(3) \(\mathscr{F}^\prime_x \equiv \pi^{-1}(x) \cap \mathscr{F}^\prime \)は\(\mathscr{F}_x\)の部分群.
の3条件を満たすことが必要十分です.\(\mathscr{F}^\prime\)が\(\mathscr{F}\)の部分層であるとき,$$\mathscr{F}^{\prime \prime } _x = \mathscr{F}_x / \mathscr{F}^\prime_x$$とおき,\(h_x : \mathscr{F}_x \to \mathscr{F}^{\prime \prime}_x\)を標準的全射とし,さらに$$\mathscr{F}^{\prime \prime} = \bigsqcup_{x \in X}\mathscr{F}^{\prime \prime}_x \ ,\ (直和) $$とおき,\(h : \mathscr{F} \to \mathscr{F}^{\prime \prime}\)を\(h_x\)の拡張として定義します.\(\mathscr{F}^{\prime \prime}\)に\(h\)による商位相をいれると,\(\mathscr{F}^{\prime \prime }\)はまた\(X\)上の層となっています.\(\mathscr{F}^{\prime \prime}\)を\(\mathscr{F}^\prime / \mathscr{F}\)と書き,商層(quotient sheaf)といいます.
環の層,環の層を係数とする加群の層に対しても,準同型が同様に定義できます.環の層の部分層,商層なども同様に定義されます.

定義2(層の切断)\( (\mathscr{F}, \pi) \)を位相空間\(X\)上の層とする.\(Y \subset X\)に対して,\(Y\)から\(\mathscr{F}\)への連続写像\(s\)で,\(\pi \circ s = \mathrm{id}\)となるものを\(Y\)上の\(\mathscr{F}\)の切断(section)といい,その全体を\(\Gamma(Y;\mathscr{F}) \)と表す.切断に,\(Y\)の各点上で茎\(\mathscr{F}_x\)の演算を施すことにより,\(\Gamma(Y;\mathscr{F})\)はAbel群となる.
\(x \in X\)を固定し,\(p \in \pi^{-1} (x)\)を任意にとります.\(\pi\)は局所位相同型だから,\(p\)の近傍\(U\)があり,\(\pi|_U:U \to \pi(U) = W\)は位相同型となります.したがって,\(W\)は\(x\)の開近傍であり,\(s = (\pi|_U)^{-1} \in \Gamma(W; \mathscr{F})\)は\(s(x) = p\)を満たします.このことから次の3つの補題が証明されます:

補題1\(W \subset X\)を開集合とする.\(s \in \Gamma(W;\mathscr{F})\)ならば,\(s : W \to \mathscr{F}\)は開写像である.
補題2任意の\(p \in \mathscr{F}\)に対し,\(\pi(p)\)のある近傍で定義された切断で\(p\)を通るものが存在する.
補題3\( \{ s(W) ; s \in \Gamma(W;\mathscr{F}) , W は X の開集合 \}\)は\(\mathscr{F}\)の開集合の基底をなす.
\(s \in \Gamma(W;\mathscr{F}\)であれば,\(s - s \)も\(W\)上の\(\mathscr{F}\)の切断であり,\(s\)によらず定まります.これを\(\mathscr{F}\)のゼロ切断(zero section)といい,\(0 : W \to \mathscr{F}\)で表します.\(0(x)\)とは,Abel群\(\mathscr{F}_x = \pi^{-1}(x)\)のゼロ元に他なりません.

\(i : \mathscr{F}^\prime \to \mathscr{F}\)が層の準同型であるとします.このとき,\(\mathrm{Im} i = i(\mathscr{F}^\prime) \)は\(\mathscr{F}\)の部分層です.また,\(\mathrm{Ker} i \subset \mathscr{F}^\prime\)は,\(i\)で\(\mathscr{F}\)のゼロ切断の像\(\{ 0(x); x \in X \} \)にうつる\(\mathscr{F}^\prime \)の元から成ります.切断の像は開集合なので,\(\mathrm{Ker} i\)は開集合の連続写像による逆像だから開集合であり,したがって\(\mathscr{F}^\prime\)の部分層となっています.

層の準同型からなる完全列を考えることもできます.$$\mathscr{F}^\prime \xrightarrow{i} \mathscr{F} \xrightarrow{h} \mathscr{F}^{\prime \prime}$$が(第二項において)完全であるとは,$$\mathrm{Im} i = \mathrm{Ker} h$$であることと定義します.$$ 0 \rightarrow \mathscr{F}^\prime \xrightarrow{i} \mathscr{F} \xrightarrow{h} \mathscr{F}^{\prime \prime} \rightarrow 0$$が完全列であるための必要十分条件は,\(\mathscr{F}^\prime\)が\(\mathscr{F}\)の部分層(と同型)であり,\(\mathscr{F}^{\prime \prime}\)が商層\(\mathscr{F} / \mathscr{F}^\prime \)(と同型)であることです.

切断に話題を戻します.\(Y^\prime \subset Y\)であれば,\(Y\)上の\(\mathscr{F}\)の切断\(s \in \Gamma(Y;\mathscr{F})\)を\(Y^\prime\)に制限することにより,\(Y^\prime\)上の\(\mathscr{F}\)の切断$$S|_{Y^\prime} \in \Gamma(Y^\prime ; \mathscr{F})$$が定まります.これを,\(s\)の\(Y^\prime\)への制限(restriction)といいます.
次の補題が成り立ちます:

補題4\(W_1, W_2 \subset X\)を開集合とする.\(s_j \in \Gamma(W_j ; \mathscr{F}) , j = 1,2\)として,$$W_0 = \{ x \in W_1 \cap W_2 ; s_1(x) = s_2(x) \}$$とおけば,\(W_0\)は\(X\)の開集合である.
(証明) \(W = W_1 = W_2\)と仮定してよい.\(s = s_1 - s_2 \in \Gamma(W; \mathscr{F})\)とおけば,$$W_0 = s^{-1} \{ 0(x) ; x \in W \}$$は開集合の連続写像による逆像なので開集合である.■

層は一般にはHausdorffの分離公理を満たすとは限りませんが,次の命題が成立します:

命題1層\(\mathscr{F}\)がHausdorffの分離公理を満たすための必要十分条件は,任意の\(W_1, W_2 \subset X \)と\(s_j \in \Gamma(W_j ,\mathscr{F}) , j = 1,2 \)に対し,上に定めた\(W_0\)が\(W_1 \cap W_2\)の閉集合となることである.


次回に続きます.