Rei Frontier Tech Blog

人工知能を活用した位置情報分析プラットフォーム「SilentLog Analytics」を運営する、レイ・フロンティア株式会社のエンジニアメンバーで運営する技術ブログです。

層の理論:その2

レイ・フロンティア株式会社のデータアナリストの齋藤です.
前回の続きを書いていきます.

層(続)

定義4.(台)\(s \in \Gamma(W; \mathscr{F})\)とする.このとき,$$\mathrm{supp} s = \{ x \in W ; s(x) \not= 0(x) \}$$とおき,切断\(s\)の台という.
補題4より,\(\mathrm{supp} s \)は\(W\)の閉集合です.
いま,\(S\)を\(W\)の閉部分集合とします.このとき,$$\Gamma_s(W;\mathscr{F}) = \{s \in \Gamma(W;\mathscr{F}) ; \mathrm{supp} s \subset S\}$$とおきます.自然な写像のなす列と,$$0 \rightarrow \Gamma_s(W;\mathscr{F}) \rightarrow \Gamma(W; \mathscr{F}) \rightarrow \Gamma(W \setminus S ; \mathscr{F})$$は完全列です.\(W\)と\(W^\prime\)をともに\(S\)の開近傍としたとき,\(\Gamma_S(W;\mathscr{F})\)と\(\Gamma_S(W^\prime ; \mathscr{F})\)は同型です.

ここで,新たに記号を導入します:

定義5.\(S\)を\(X\)の局所閉集合とする.\(\mathfrak{R}(S)\)で\(S\)の開近傍の全体を表し,包含関係で順序づけ,有向集合とする.$$\Gamma[S; \mathscr{F}] = \mathrm{ind-}\lim{W \in \mathfrak{R}(S)} \Gamma_S(W; \mathscr{F})$$とおく.
任意の\(W \in \mathfrak{R}(S)\)に対し,標準的写像$$\Gamma_S(W;\mathscr{F}) \to \Gamma[S;\mathscr{F}]$$は同型です.もし\(S\)が開集合ならば,\(S\in \mathfrak{R}(S)\)で\(\Gamma_S(S;\mathscr{F}) = \Gamma(S;\mathscr{F})\)であるので,$$\Gamma(S;\mathscr{F}) \to \Gamma[S;\mathscr{F}]$$は同型です.\(\Gamma[S;\mathscr{F}]\)を\(\mathscr{F}[S]\)と書くこともあります.

もう一つ,記号を導入します:

定義6.\(Y\)を\(X\)の部分集合とする.$$\mathscr{F}(Y) = \mathrm{ind-}\lim_{W \supset Y} \Gamma(W;\mathscr{F})$$とおく.ここで\(W\)は\(Y\)を含む開集合の全体にわたる.
\(Y\)が開集合ならば$$\mathscr{F}(Y) = \Gamma(Y; \mathscr{F})$$ですが,一般の部分集合\(Y\)に対しては\(\mathscr{F}(Y)\)から\(\Gamma(Y;\mathscr{F})\)への自然な(制限)写像は必ずしも同型とは限りません.

定義7.(台の族)次の3つの条件をみたす\(X\)の部分集合の族\(\Phi\)を台の族(family of supports)という:
(1) \(A \in \Phi\)は閉集合.
(2) \(A \in \Phi, A_1 \subset A\)で\(A_1\)が閉ならば\(A_1 \in \Phi\).
(3) \(A_1,A_2 \in \Phi\)ならば\(A_1\cup A_2 \in \Phi\).
例えば,$$\Phi_X = \{ A; A はXの閉集合\}$$とおけば,\(\Phi_X\)は\(X\)の台の族となっています.いま,\(\Phi\)を台の族とします.\(X\)の部分集合\(S\)に対して,$$\Phi |_S = \{ A \in \Phi ; A \subset S\}$$は\(X\)の台の族です.$$\Phi \cap S = \{ A \cap S ; A \in \Phi \}$$とおくと,\(\Phi \cap S\)は\(S\)の中で台の族をなしています.\(S \subset X\)に対し,$$\Phi_S = \Phi_X |_S = \{ A ; A \subset S かつ A は X で閉\}$$とおきます.\(S\)が\(X\)の閉集合ならば,\(\Phi_S = \Phi_X \cap S\)が成り立ちます.

\(\mathscr{F}\) を\(X\)上の層とし,\(\Phi\)を台の族とするとき,$$\Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}) = \{ s \in \Gamma(X;\mathscr{F}) ; \mathrm{supp} s \in \Phi\}$$とおきます.\(\Phi\)は台の族であるということから,\(\Gamma_\Phi(X;\mathscr{F})\)はAbel群となります.
\(S \subset X\)を閉集合としたとき,次の式が成り立ちます:$$\Gamma_S(X;\mathscr{F}) = \Gamma_{\Phi_S}(X;\mathscr{F})$$とくに,$$\Gamma(X;\mathscr{F}) = \Gamma_{\Phi_X}(X;\mathscr{F})$$です.\(\mathscr{F}^\prime \xrightarrow{i} \mathscr{F}\)が層の準同型であるとすれば,\(s^\prime \in \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}^\prime)\)に\(i \circ s^\prime \in \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F})\)を対応させることにより,Abel群の準同型$$\Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}^\prime) \xrightarrow{i} \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F})$$が定まります.このとき,次の命題が成立します:

命題2.\(\Phi\)を\(X\)の台の族とする.$$0 \rightarrow \mathscr{F}^\prime \rightarrow \mathscr{F} \rightarrow \mathscr{F}^{\prime \prime}$$が\(X\)上の層の完全列であれば,誘導されるAbel群の準同型の列$$0\rightarrow \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}^\prime) \rightarrow \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}) \rightarrow \Gamma_\Phi(X;\mathscr{F}^{\prime \prime})$$も完全である.

前層

定義8.(前層)\(X\)を位相空間,\(\mathfrak{W}\)をその開被覆(open covering)とする.すなわち,$$X = \cup\{W; W \in \mathfrak{W} \}$$であるとする.次の性質を満足する\( (F, \rho )\)の組を,\(\mathfrak{W}\)上の(Abel群の)前層(presheaf)という:
(1) 任意の\(W_1 \in \mathfrak{W}\)に対し,Abel群\(F(W)\)が対応する.
(2) \(W_1 \supset W_2\)なる\(W_1, W_2 \in \mathfrak{W}\)に対し,Abel群の準同型$$\rho _{W_2} ^{W_1} : F(W_1) \to F(W_2)$$が対応する.
(3) \(\rho _W ^W = \mathrm{id}\).
(4) \(W_1 \supset W_2 \supset W_3\)なる\(W_1, W_2, W_3 \in \mathfrak{W}\)に対し,次の図式が可換である:
f:id:reifrontier:20180202140519p:plain:w200
\(\mathfrak{W}\)が\(X\)のすべての開集合よりなる被覆の場合は,\(\mathfrak{W}\)上の前層を\(X\)上の前層といいます.
\(F(W)\)が環で,\(\rho _{W_2} ^{W_1}\)が環の準同型であるとき,\( (F,\rho) \)を\(\mathfrak{W}\)上の環の前層といいます.\( (G, \rho )\)が\(\mathfrak{W}\)上の環の前層とします.このとき,\(\mathfrak{W}\)上のAbel群の前層\( (F,\rho ) \)が\(G\)-加群の前層であるとは,各\(F(W)\)が\(G(W) \)-加群で,なおかつ\(\rho _{W_2} ^{W_1} : F(W_1) \to F(W_2)\)が次の意味で加群の準同型となることをいいます:
任意の\(f \in F(W_1)\)と\(g \in F(W_1)\)に対し,$$\rho _{W_2} ^{W_1}(gf) = \rho _{W_2} ^{W_1}(g)\rho _{W_2} ^{W_1}(f)$$

前層の例をいくつか挙げておきます:

例1.\(X\)を位相空間,\(M\)をAbel群とする.\(X\)の開集合\(W\)に対して\(F(W)=M\)とおき,\(W_1 \supset W_2\)に対しては\(\rho_{W_2}^{W_1} = \mathrm{id}\)とすれば,\(X\)上のAbel群の前層が定義される.これを定数前層(constant presheaf)といい,\(M = M_X\)で表す.もし\(M\)が環構造をもてば,定数前層\(M_X\)は環の前層の構造をもつ.

例2.\(X\)を位相空間とする.\(F(W) = \mathbb{C}^W = (W上の\mathbb{C}値関数の全体) \)とおき,\(\rho_{W_2}^{W_1}\)を通常の制限写像とする.こうして定義される\(X\)上の環の前層を,任意関数の前層という.

例3.\(m = 0,1,2,\ldots , \infty \)とする.\(\mathbb{R}^n\)の開集合\(u\)に対し,\(C^m(u)\)で\(m\)回連続微分可能な関数の全体のなす環を表す.\(\rho_{u_2}^{u_1}\)は通常の制限写像であるとすれば,\(\mathbb{R}^n\)上の環の前層が定まる.これを\(C^m\)で表そう.
また,\(\mathscr{D}^\prime (u)\)で\(u\)上のSchwartz超関数の全体,\(\rho_{u_2}^{u_1}\)をSchwartz超関数の制限写像とすると,\(\mathscr{D}^\prime\)は\(\mathbb{R}^n\)の\(C^\infty\)-加群の前層をなす.

例4.\(u\)を\(\mathbb{R}^n\)の開集合としたとき,\(W\)に\(L^p(u) = (p乗\text{Lebesgue}可積分関数の全体) \)を対応させ,\(\rho_{u_2}^{u_1}\)を制限写像とすると,\(\mathbb{R}^n\)上に前層が定まる.

以下,Abel群の前層を単に前層と呼びます.

定義9.(準層の準同型)開被覆\(\mathfrak{W}\)上の前層\( (F, \rho )\)と\( (F^\prime , \rho^\prime )\)が与えられたとき,\( (F, \rho )\)から\( (F^\prime , \rho^\prime )\)への準同型\(\mu\)とは,各\(W \in \mathfrak{W}\)に対して定まったAbel群の準同型$$\mu_W : F(W) \to F^\prime(W)$$の組であって,\(W_1 \supset W_2\),\(W_1, W_2 \in \mathfrak{W}\)に対して次の図式が可換であるものをいう:
f:id:reifrontier:20180202143359p:plain:w200
\( (F, \rho )\)と\( (F^\prime , \rho^\prime )\)が環の前層のとき,\(\mu\)が環の前層の準同型であるとは,上の条件の他に,\(\mu_W\)が環の準同型でもあるときにいいます.同様に,環の前層を係数にもつ加群の前層の準同型も定義されます.
\(F(W)\)が\(F^\prime(W)\)の部分群で,\(\rho_{W_2}^{W_1}\)が\(\rho_{W_2}^{\prime W_1}\)の制限であれば,\(\mu_W\)を標準的単射として\( (F, \rho) \to (F^\prime , \rho^\prime )\)なる前層の準同型が定まります.このとき,\( (F, \rho) \)は\( (F^\prime, \rho^\prime )\)の部分前層であるといいます.

例5.\(m \leq m^\prime\)ならば,\(C^{m^\prime}\)は\(C^m\)の部分前層である.


次回に続きます.