Rei Frontier Tech Blog

人工知能を活用した位置情報分析プラットフォーム「SilentLog Analytics」を運営する、レイ・フロンティア株式会社のエンジニアメンバーで運営する技術ブログです。

感染症モデルとR0:その1

レイ・フロンティア株式会社のデータアナリストの齋藤です。すっかり寒くなってきましたね。

前々回の記事で、人口動態を記述する数理モデルにおいて、基本再生産数\(\mathcal{R}_0\)という量が重要な役割をもつことを述べました。次は、今回と次回の記事の2回にわたって、感染症の数理モデルについても\(\mathcal{R}_0\)という概念が有用であることを伝えたいと思います。

おさらい:安定人口モデルにおける\(\mathcal{R}_0\)

\(p(t,a)\)を時刻\(t\)における年齢\(a\)の年齢密度関数としたとき、\(p(t,a)\)に関する安定人口モデルは以下のようなシステムによって記述されます:
$$\left\{ \begin{align} & \frac{\partial p(t,a)}{\partial t} + \frac{\partial p(t,a)}{\partial a} = -\mu(a) p(t,a), \quad t>0,\ a>0 \\ & p(0,t) = \int_0^\omega \beta(a)p(t,a)\, da,\quad t>0 \\ & p(0,a) = p_0(a),\quad a \in [0,\omega] \end{align} \right.$$ここで\(\mu(a),\beta(a)\)はそれぞれ年齢別死亡率、年齢別出生率です。このモデルを変形することにより、再生方程式$$B(t) = G(t) + \int_0^t\Psi(a)B(t-a)\, da$$を得ます。ここで、$$\begin{align}&G(t) = \int_t^\omega \beta(a) \frac{\ell(a)}{\ell(a-t)}p_0(a-t)\, da \\ &\Psi(a) = \beta(a)\ell(a)\end{align}$$です。\(G(t)\)は初期時刻において生存している人口が時刻\(t\)で子を産むことに、\(\Psi(a)\)は\(a\)年前に産まれた人が\(a\)歳まで生存して子を産むことに、そして\(B(t)\)は時刻\(t\)で産まれた子の人数にそれぞれ対応しています。そこで、$$\mathcal{R}_0 = \int_0^\infty \Psi(a)\, da$$と定義すると、\(\mathcal{R}_0\)は一人の人が生涯に産む子の平均人数を意味します。
\(\mathcal{R}_0\)を基本再生産数と呼びます。

安定人口モデルにおいて、以下の定理が成り立ちます:

定理1. (Sharpe-Lotka-Fellerの定理)安定人口モデルにおける再生方程式に関して、以下が成り立つ:$$B(t) = q_0 e^{\lambda_0 t} (1 + O(e^{-\eta t})).$$ここで\(\eta\)はある正数、\(\lambda_0\)はLotkaの特性方程式$$\int_0^\omega e^{-\lambda a}\Psi(a)\, da = 1$$の唯一つの実根であり、$$q_0 = \frac{\int_0^\infty e^{-\lambda_0 t}G(t)\, dt}{\int_0^\infty a e^{\lambda_0 a}\Psi(a)\, da}$$である。
\(\lambda_0\)は内的成長率と呼ばれる量であり、基本再生産数との間に以下の符号関係が成り立ちます:$$\mathrm{sgn}\mathcal({R}_0-1) = \mathrm{sgn}\lambda_0$$すなわち、\(\mathcal{R}_0>1\)ならば人口は指数関数的に増大し、\(\mathcal{R}_0<1\)ならば減少します。「一人あたり一人より多く産めば人口は増えるし、一人より少なく産めば人口は減る」という直感的な推論が、この人口モデルにおいては確かに成立しているわけです。

感染症モデルにおける\(\mathcal{R}_0\)

次に、感染症の数理モデルを考えてみましょう。感染症モデルにおいても、様々なモデルについてそれに対応する\(\mathcal{R}_0\)が計算されています。人口の場合とは違い、感染症モデルにおける\(\mathcal{R}_0\)とは病気に感染した一人の人間が生涯にわたって病気をうつす人数のことです。しかしこの場合も人口モデルと同様に、「一人あたり一人より多くうつせば感染人口は増えるし、一人より少なくうつせば感染人口は減る」という法則が成立すると期待できます。
本記事では、年齢を考慮しない常微分方程式モデルを考えます。感染者の年齢を考慮した感染症モデルについては次回に述べます。

Kermack-McKendrickモデル

ある感染症について、\(S(t)\)を時刻\(t\)における感受性人口(susceptibles, 感染する可能性のある人口)、\(I(t)\)を感染人口(infected/infectious, 感染していて、かつ感染させる能力のある人口)、\(R(t)\)を隔離された人口(recovered.removed, 病気からの回復による免疫保持者、あるは隔離者、死亡者)とし、全人口を3つに分別します。今回は、病気の流行期間が非常に短く、感染プロセスにおいて出生や死亡などの人口動態は無視できると考えます。このとき、KermackとMcKendrickが提起したモデルは以下のような常微分方程式系です:
$$\left\{ \begin{align} & \frac{dS(t)}{dt} = -\beta S(t) I(t) \\ & \frac{dI(t)}{dt} = \beta S(t) I(t) - \gamma I(t) \\ & \frac{dR(t)}{dt} = \gamma I(t) \end{align} \right.$$ここで、\(\beta\)は感染率、\(\gamma\)は隔離率を表す正の定数です。一般に、このように人口を感受性・感染・隔離の3種類に類別した伝染病モデルをSIRモデルといいます。このモデルにおいて、総人口\(S(t)+I(t)+R(t)\)は$$\frac{d(S(t)+I(t)+R(t))}{dt} = 0$$より一定です。これを\(N\)とおきます。上の微分方程式系の定常解のひとつとして、$$(S(t),I(t),R(t)) = (N,0,0)$$があります。これは感染者がまだ一人もいない状態に対応するものです。このような状態を、感染者のいない定常状態(disease-free steady state, DFSS)と呼びます。感染症モデルの解析においては、disease-freeな人口集団に少数の感染者が発生した場合に流行(= 感染人口の増大)が発生する条件を調べるのが定石です。この条件は侵入条件と呼ばれます。\((N,0,0)\)の状態の集団にごく少数の感染者が発生した状態を考えます。\(S(t) \approx N, I(t) \approx 0\)より、感染者数のダイナミクスは平衡点\((N,0,0)\)での線形化方程式$$\frac{dI(t)}{dt} = (\beta N - \gamma)I(t)$$によって記述されます。したがって、流行が発生した直後における感染者人口は$$I(t) \approx I(0) e^{(\beta N - \gamma )t}$$というMalthus法則にしたがっています。このことから、\(\beta N - \gamma > 0\)ならば感染人口は増大し、\(\beta N - \gamma < 0\)ならば再びゼロに近づいていきます。条件\(\beta N - \gamma > 0\)は$$\mathcal{R}_0 := \frac{\beta N}{\gamma} > 1$$と同値ですが、この\(\mathcal{R}_0\)が基本再生産数と呼ばれています。\(\beta N\)はサイズ\(N\)の感受性人口集団において、一人の感染者が単位時間あたりに生産する2次感染者数を表します。そして、\(1/\gamma\)は感染者の感染状態にある時間の平均を表します。したがって、\(\mathcal{R}_0\)は感受性人口に侵入した感染者が一人あたりに生産する2次感染者数と解釈できます。

修正Kermack-McKendrickモデル

前節では人口動態のないSIRモデルを考えましたが、次は出生率を\(b\)、自然死亡率を\(\mu\)として、ホスト人口に人口動態を導入してみます。修正されたSIRモデルは以下のとおりです:
$$\left\{ \begin{align} & \frac{dS(t)}{dt} = b - \mu S(t) - \beta S(t) I(t) \\ & \frac{dI(t)}{dt} = \beta S(t) I(t) - (\mu + \gamma) I(t) \\ & \frac{dR(t)}{dt} = -\mu R(t) + \gamma I(t) \end{align} \right.$$このとき、総人口\(N(t) = S(t) + I(t) + R(t)\)は安定な平衡値\(b/\mu\)をもつので、はじめから全人口は一定値\(N=b/\mu\)をもつと仮定しておきます。このとき、上の常微分方程式系は以下の2次元の系と同値です:$$\left\{\begin{align}&\frac{dS(t)}{dt} = \mu N - \mu S(t) - \beta S(t) I(t) \\& \frac{dI(t)}{dt} = \beta S(t) I(t) - (\mu + \gamma)I(t)\end{align}\right.$$前節と同様に、初期侵入の状況(\(S(t) \approx N, I(t) \approx 0\))を考えると、線形化方程式は$$\frac{dI(t)}{dt} = (\gamma + \mu)\left[ \frac{\beta N}{\gamma + \mu} - 1 \right] I(t)$$となり、基本再生産数は$$\mathcal{R}_0 = \frac{\beta N}{\gamma + \mu}$$と求まります。さらに平衡点を探せば、$$E_1 = \left( \frac{b}{\mu}, 0 \right), \ E_2 = \left( \frac{N}{\mathcal{R}_0}, \frac{\mu}{\beta}(\mathcal{R}_0 - 1) \right)$$という2つの定常解が存在することがわかります。\(E_1\)はつねに存在する自明な定常解であり、感染者のいない定常状態です。一方、\(E_2\)は閾値条件\(\mathcal{R}_0 > 1\)が満たされた場合にのみ正となり、生物学的に意味をもちます。この定常解は伝染病が人口に定着して共存している、エンデミックな定常状態(endemic steady state, ESS)といいます。このとき、次のような定常解の安定性に関する閾値定理が成り立ちます:

定理2.\(\mathcal{R}_0 > 1\)ならば、DFSSは大域的に漸近安定である。
\(\mathcal{R}_0 < 1\)ならば、DFSSは不安定であり、ESSは大域的に漸近安定である。

次回に続きます。